top of page

犯罪者や生活保護者を嫌う弁護士はどこから生まれるのか?――選民意識と実力主義の落とし穴

  • 7fuku-law
  • 8月30日
  • 読了時間: 5分

「弁護士って、人権派が多いですよね」こういうイメージを持っている人は少なくないと思います。ニュースでは、死刑廃止を訴えたり、生活保護利用者を守ったり、外国人の人権を主張したりする弁護士が取り上げられることが多いからでしょう。

でも、実際の弁護士の世界に入ってみると、こんな風に考えている弁護士も、かなりの割合で存在するんです。「犯罪者なんて大嫌いだ」「生活保護?そんなの甘えだ、努力不足だ」

一見すると矛盾していますよね。人権を守るのが弁護士なのに、弱者を嫌うなんて。けれども、これには弁護士特有の心理的な背景があります。


「自分は努力してきた」という強烈な自負心


弁護士になるには、結構な努力が必要です。勉強すべき範囲が非常に広く、司法試験は長年、日本で最難関といわれてきました。


  • 法学部での勉強

  • ロースクールでのカリキュラム

  • 長時間にわたる受験勉強

  • 司法修習での実務経験


これらを何年もかかってやり遂げ、やっと弁護士バッジをつけられる。合格までに10年近くかかる人も珍しくありません。

そのため、弁護士には「自分は死ぬほど努力して勝ち取った」という強い自負心を抱いている人がいます。これだけなら、まだ良いのですが、同時に「努力しない人」や「制度に依存する人」に対する冷たい視線につなげてしまう弁護士もいます。

「俺はここまでやったのに、あいつらは何もしていない」「困っているなら努力すればいいだろう」こういう発想が生まれやすいんです。


実務経験で強まる偏見


さらに、日々の実務も偏見を強めます。

刑事弁護では、依頼人が平気で嘘をついたり、反省していない態度を見せたりすることがあります。生活保護の案件では、浪費を繰り返す依頼人や、役所と揉め続けるケースもあります。

もちろん、これらは一部の事例でしかありません。大多数は真剣に更生しようとしたり、本当に困って、やむにやまれぬ事情で制度を利用していたりするのですが、弁護士が接するのは「トラブル化した案件」に偏ります。

そのため「犯罪者=嘘つき」「生活保護=怠惰」という刷り込みが起こりやすいんです。


法学しか学んでいない弊害


加えて、弁護士の多くは大学時代以降は「法学中心」で育ちがちです。

法学教育は、条文・判例・要件事実を中心に「論理で解く訓練」がメインです。そこでは以下のような、社会学や心理学的な教養に触れる機会が限られてきます。

  • 貧困の連鎖:親が貧しいと子どもも教育機会が奪われ、また貧困に陥りやすい

  • 虐待の連鎖:幼少期の虐待が、大人になってからの人間関係や育児に悪影響を及ぼす

  • 社会的再生産:格差や文化資本が、世代を超えて引き継がれてしまう

こうした知識がないと、「人は努力すれば変われる」「やらないのは自己責任」という短絡的な理解に陥りがちです。


弁護士自身の経済的な不安


もう一つ、忘れてはいけない要因があります。それは、弁護士自身の経済的基盤が弱くなっていることです。

かつては弁護士は「高収入の安定職」というイメージがありました。依頼も多く、競争も今ほど激しくなかった。しかし、司法制度改革で弁護士の数は急増し、地方や若手の弁護士の多くが経済的に苦しい状況に追い込まれています。そうすると――

  • 法テラス案件など、生活保護や刑事弁護などの「弱者案件」ばかりを抱えざるを得ない

  • 報酬が低く、赤字覚悟で仕事をせざるを得ないケースもある

  • 企業法務のような「稼げる案件」は一部の大手事務所に集中

こうした状況で、経済的な余裕がなくなった弁護士が「弱者を助ける」という理念を忘れ、逆に「弱者叩き」に走ることがあります。「自分だって必死なのに、なぜ彼らは制度に甘えるんだ」そんな心理が働くのです。

つまり、弁護士の弱者嫌いは、社会構造の変化で揺らいだ弁護士自身の生活基盤ともつながっているのです。


サンデル教授が説く「運」の視点


ここで思い出したいのが、ハーバード大学の政治哲学者マイケル・サンデル教授の議論です。彼は「実力主義の危うさ」を指摘し、こう言っています。

「頭が良く生まれたのも運。努力が実を結ぶ環境にあったのも運。結局、成功はすべて運に支えられている」

司法試験に合格した弁護士も、

  • 高い知能や集中力を与えられたこと

  • 勉強に集中できる家庭や経済環境があったこと

  • 合格率が高い時代に受験したこと

 これらはすべて「運」です。

「努力で勝ち取った」という物語は部分的にしか正しくありません。

サンデル教授は、実力主義がもたらす最大の問題を「成功者の傲慢」だと述べます。「自分は努力で勝った。だから報われない人は努力不足だ」こうした考え方は、弁護士が弱者に冷たくなる心理と重なります。


謙虚さと多分野の知識が必要


では、どうすればいいのか。弁護士にこそ必要なのは「謙虚さ」と「他分野の知識」だと思います。

  • 人はみな運に左右されている。だから成功者は謙虚であるべきだ。

  • 弱者を切り捨てるのではなく、支えることに社会的責任がある。

  • 法学だけでなく、社会学・心理学を学び、構造的な要因を理解する必要がある。

少年事件で家庭環境を理解し、生活保護事件で貧困の再生産を直視し、刑事弁護で依存症やトラウマに向き合う。そうした姿勢が、弁護士を「法の適用者」から「人を再生に導く伴走者」へと変えていくのだと思います。


まとめ


弁護士はリベラルだと見られがちですが、現実には犯罪者嫌いや生活保護者嫌いの弁護士も多い。その背景には、

  • 自分は努力してきたという選民意識

  • 実務経験からくる偏見

  • 法学中心の教育で他分野の知識が欠けていること

  • そして、弁護士自身の経済的基盤の脆弱化

があります。


サンデル教授が説くように、本当は「知能も努力も成果も、すべては運」です。成功は自分だけの成果ではない。もし弁護士がこの事実を受け入れ、謙虚になれたなら、社会に対するまなざしはもっと優しく、もっと広がるはずです。

 
 
 

コメント


特集記事
最新の投稿
日付
Tags
bottom of page