「仕事が遅いと思われたくなかった」――佐賀県警DNA鑑定不正と“手柄主義”“成果主義”の闇
- 7fuku-law
- 9月10日
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2025年9月8日、佐賀県警から耳を疑うニュースが飛び込んできました。科学捜査研究所に所属する40代の職員が、DNA鑑定をめぐり重大な不正をしていたというのです。
警察によると、この職員は2017年から2024年までの約7年間、自分が担当したDNA鑑定について、
本当は鑑定をしていないのに、鑑定を実施したかのように装って虚偽の報告をした
鑑定に必要な資料を紛失したのに、別の資料を持ち出して結果を偽造した
といった行為を繰り返していました。その件数はおよそ130件。しかも中には、殺人未遂事件・薬物事件・ストーカー事件といった重大事件の証拠に使われたものまで含まれていました。
「ちょっとした不正」ではなく、刑事司法を根底から揺るがしかねない大事件です。
「遅いと思われたくなかった」という供述
本人は調べに対してこう語っています。
にわかには信じがたい動機ですが、逆に言えばこれがリアルな組織の空気なのかもしれません。
警察の現場では「成果」や「スピード」が評価の中心になりがちです。事件を早く解決する、鑑定を迅速に出す。そうした数字やスピード感が「優秀さ」の物差しになってしまう。
その結果、「遅い=無能」というレッテルを恐れ、「やっていない鑑定を、やったことにする」という短絡的かつ致命的な選択に致る職員が一定数生じてしまう。
思い出される大川原化工機事件
この構造は、2020年に摘発され、後に公訴取り下げにより刑事裁判が終結した大川原化工機事件にも重なります。あの事件では公安部が「成果を挙げたい」「手柄を立てたい」という一心で輸出規制違反をでっち上げ、結果的に企業や経営者を冤罪に追い込みました。
ここでも「事実よりも手柄」「正確さよりも成果」という組織風土が暴走し、取り返しのつかない結果を生みました。
佐賀県警のDNA鑑定不正も、同じ文脈で理解すべきでしょう。単なる一職員の怠慢ではなく、成果主義と手柄主義が染みついた組織文化が背景にあるのではないかと考えてしまうのです。
DNA鑑定の重みと危うさ
DNA鑑定は裁判で「科学的で客観的」と見なされ、極めて強い証拠力を持ちます。
しかし過去の足利事件でも明らかなように、鑑定に不備や不正があれば、無罪につながることもあります。再審の典型的な理由になるほど、DNA鑑定の信頼性は刑事裁判で重要です。
鑑定人が虚偽を述べていた
鑑定資料が紛失・偽造された
記録が不十分で再現できない
こうした場合には鑑定の信用性は否定され、証拠から排除される可能性が高い。だからこそ、科学捜査において「正確さ」と「透明性」は絶対に譲れない基盤なのです。
成果主義の落とし穴
今回の事件が示唆するのは、「成果」や「スピード」に偏重した文化の危うさです。
本来、刑事司法の現場で最も大事なのは「真実に忠実であること」。しかし、成果主義の空気の中では「早く出す」「見栄えを整える」が優先され、正確さや慎重さが後回しになる。その延長線上に、不正や冤罪が生まれます。
結論:必要なのは倫理・コンプライアンス文化の徹底
今回の佐賀県警の不正は、「一人の職員の問題」と片づけてはいけません。「遅いと思われたくなかった」という一言には、成果至上主義に染まった組織風土が凝縮されている可能性があるからです。
大川原化工機事件がそうであったように、「手柄を立てたい」「成果を急ぎたい」という組織文化が暴走すれば、冤罪や不正につながります。DNA鑑定のように強力な証拠に不正が入り込めば、人の人生を根底から狂わせることになりかねません。
必要なのは、倫理とコンプライアンスを徹底する文化を、組織全体で育てることです。「成果よりも真実を」「スピードよりも正確さを」――この価値観を組織に根づかせる仕組みが不可欠です。
一体、いつになったら治るのか?
警察はこれまでも幾度となく不祥事を繰り返してきました。そのたびに「再発防止」「徹底した研修」「厳正な処分」と言いながら、結局また同じことが起きる。
では一体、いつになったら本当に治るのか。「再発防止策」という言葉を聞くのは、もううんざりです。本気で改める気があるのなら、言葉だけではなく、組織の根っこ・風土から変えなければならない。
倫理を徹底する文化を作れない限り、警察は司法の根幹を揺るがす存在であり続けます。そのためには、警察内部でも公益通報者保護法の仕組み(※補足解説あり)を実効的に機能させることが不可欠です。内部からの声が潰されず、正しく機能する環境を整えることこそ、真の再発防止につながるのです。
【補足解説】公益通報者保護法と公務員法制の関係
警察官を含む公務員も公益通報者保護法の対象に入りますが、民間労働者と全く同じ仕組みで守られているわけではありません。
公益通報者保護法第9条は、「国家公務員や地方公務員が公益通報を行った場合の不利益取扱いの禁止」については、公益通報者保護法そのものではなく、国家公務員法や地方公務員法などの公務員法制の規定によって保障されると定めています。
具体的には、
公務員法には「平等取扱いの原則」や「正当な事由がなければ降任・休職・免職できない」という規定があり、公益通報を理由とする不利益処分は許されない
公務員法制で明文の公益通報規定があるわけではないが、公益通報者保護法に該当する通報であれば、公務員法制を通じて保護が及ぶ
という関係になっています。
要するに、警察官が公益通報(内部告発)を理由に免職・降格などの処分を受けることは、公務員法制に照らして禁止されている、という仕組みです。


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