「法定養育費・月2万円」――これで安心?それとも不安?
- 7fuku-law
- 9月1日
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先日の8月29日、法務省が「法定養育費」を月額2万円とする省令案を公表したことが、ニュースで大きく報じられました。これにより、離婚のときに養育費の取り決めをしていなかった場合でも、子ども1人あたり2万円を請求できるという新しい仕組みが、2026年5月までに施行される予定 となっています。
ニュースを見て、「え、養育費って月2万円で決まったの?」と思った方も多いのではないでしょうか。でも、ここには大事なポイントがあります。2万円という金額はあくまで「暫定的な最低限」であって、本来の養育費は父母の収入や子どもの人数・年齢を考慮して決めるものなのです。
今回は、この「法定養育費」という新しい制度について、わかりやすく整理してみたいと思います。
そもそも養育費って?
養育費というのは、離婚後に子どもと別居する親が、子どもを監護している親に支払う生活費のことです。衣食住はもちろん、教育や医療にかかる費用も含まれます。
これまでの実務では、養育費の額は父母の「話し合い」や「家庭裁判所の調停・審判」で決める必要がありました。ところが、現実には「お金の話は揉めやすいから先送りにしたまま離婚する」というケースが少なくありません。結果として、養育費がうやむやのまま、子どもを育てている親が一人で経済的負担を背負い、苦しい生活を余儀なくされる例が多数ありました。
法定養育費の仕組み
そこで導入されるのが「法定養育費」です。これは、離婚時に養育費の取り決めをしなかった場合に、自動的に一定額を請求できる仕組みです。
金額は 子ども1人あたり月2万円。
離婚の日から発生し、毎月末までに支払う義務がある。
父母が協議で額を決めたり、裁判所で養育費が確定すれば、その時点で法定養育費は終了。
子どもが18歳に達すれば、当然終了。
施行は2026年5月までに予定されている。
つまり、あくまで「正式に決まるまでの暫定措置」なのです。
「2万円」の意味――安心か不安か
ここで注意しなければならないのは、「2万円=標準の養育費」ではないということです。
たとえば、養育費算定表を見れば、一般的な会社員同士の家庭で、子どもが1人でも月3~4万円、子ども2人なら6〜8万円という金額が珍しくありません。実際の養育費は両親の収入や子どもの数・年齢によって大きく変わるのです。
今回の2万円は、「最低限度の生活を支える額」と位置づけられています。子どもを1人育てるのに本当に月2万円で足りるかと言えば、当然そんなことはありません。あくまで「ゼロよりマシ」というセーフティーネットに過ぎないのです。
支払いが滞ったら?
新制度の大きな特徴は、養育費に「先取特権」が与えられる点です。これにより、支払いが滞ったときに差押えの優先順位が高くなり、裁判手続きの一部も省略できます。
父母の協議や調停・審判で養育費の額を取り決めている場合には、その取り決め額について先取特権が発生します。
取り決めがないまま離婚した場合でも、法定養育費(子ども1人当たり月2万円)については同じく先取特権が認められます。
つまり、取り決めの有無にかかわらず、養育費については差押えの優先権が与えられるのです。
また、給与を差押える場合には、子ども1人あたり月8万円までを上限として差押えが可能とされています。
これにより、これまでのように「約束はあっても支払われない」事態に歯止めがかかり、裁判所に強制執行の申し立てを行えば、財産や給与を差し押さえて確実に回収できる道が整備されたといえます。
例外や減額の余地も
もっとも、支払う親の収入が著しく少ない場合には、法定養育費を満額払えないこともあります。
生活保護を受けている
支払うことで自分自身が生活できなくなる
こうした事情が認められれば、全額または一部の支払いを拒否できる余地があります。逆に言えば、「2万円ですら払えない」と言えるだけの証明が必要になるということです。
改正法の適用範囲
ここも誤解しやすい点ですが、法定養育費が適用されるのは 2026年5月以降に離婚したケース に限られます。
つまり、すでに離婚している方にはこの制度は使えません。その場合は従来どおり、父母の協議や家庭裁判所の手続を経て養育費の額を決める必要があります。
裁判所手続の利便性も向上
今回の改正では、養育費に関する裁判所手続も便利になりました。
家庭裁判所が当事者に収入情報の開示を命じられる
地方裁判所に1回申立てをすれば、財産開示・情報提供命令・債権差押命令まで一連で行える
これにより、相手が収入を隠していたり、手続が複雑で泣き寝入りするような事態は減ると期待されています。
なぜ「法定養育費」が必要だったのか
制度創設の背景には、養育費不払いの深刻な実態があります。厚労省調査では、母子家庭で養育費を受け取っているのはわずか2割程度。多くは取り決め自体がなく、取り決めがあっても支払われない例が多発しています。
子どもの貧困率が高止まりする中で、最低限の生活を守るための「最低保障」として法定養育費が導入されたのです。
今後の課題
しかし、課題も少なくありません。
1.金額の低さ 2万円はあくまで最低限。子ども1人を育てる費用としては到底足りません。「2万円あれば十分」と誤解されると、かえって不利益を被る恐れがあります。
2.父母の協議を促す必要性 法定養育費は暫定措置。最終的には父母が協議または裁判所で適切な金額を決めなければなりません。
3.運用の実効性 差押えがスムーズにできるかどうかは、実際の裁判所運用にかかっています。どれだけ利用者にとって「使いやすい制度」になるかが問われます。
まとめ――「2万円」で終わりではない
今回の省令案は、一歩前進であることは間違いありません。ゼロから、2万円を請求できるようになるのは、ひとり親家庭にとって大きな救いです。
ただし、それはゴールではなくスタートに過ぎません。養育費は本来、父母の収入や子どもの年齢・生活状況を踏まえて個別に決めるもの。鈴木馨祐法務大臣が「2万円という額が、標準的な養育費の額だと誤解されることがないよう、周知や広報に取り組む」と述べたことはここに記録しておきましょう。


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